13Apr
中華料理の達人として有名な周富徳さんが
4月8日に誤嚥(ごえん)性肺炎のためお亡くなりになりました。
そんな周富徳さんの現在までの生き様をまとめてみました。
周富徳の人生の軌跡~修業時代~
本名:周富徳
生年月日:1943年3月11日
死没:2014年4月8日
年齢:71歳
出身地:神奈川県横浜市
職業:料理人
横浜中華街出身で在日中国人二世である周富徳さんは、
兄の周富新さん、弟の周富安さん、周富輝さんと同じく、
18歳で新橋「中華飯店」にて中華料理への道を選び、
修行を積みます。
徐々に料理人としての腕前をあげ、
1993年「広東名菜富徳」青山店のオーナーとして独立し、
自分の城を持つ一人前の経営者としての実績も残します。
【画像】周富徳さんのお店の炒飯の作り方
周富徳の人生の軌跡~華の時代~
周富徳さんは料理へのこだわりやその実績から、
1990年代にはテレビ番組に引っ張りだこになり、
テレビ番組『浅草橋ヤング洋品店』、『たほいや』等で、
全国区で一躍有名となり、「中華の達人」の異名をも手にしました。
番組内では様々な分野の料理人が対決する特集が組まれ、
何度も周富徳さんは勝ち上がり、その名声をほしいものにし、
そのメディア効果で自身の店も繁盛するなど、
周富徳さんが人生で最も輝いていた時期といっても過言ではないでしょう。
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周富徳の人生の軌跡~転落~
しかし周富徳さんに大事件がおこります。
それは弟である周富輝さんの「脱税問題」です。
裁判では法人税約4700万円を脱税したとして、
周富輝さんに懲役1年、執行猶予3年、罰金1000万円、
経営している中華料理店「生香園」に罰金1000万円
が言い渡されました。
その後周富徳さんはメディアから干され、
メディアから消え去り、過去の人物となってしまいます。
周富徳の人生の軌跡~大成~
そんな周富徳さんは、弟の脱税や自身の脱税疑惑にもめげず、
青山にある自身の店の繁盛に力をいれ、中華料理を極めたり、
公演をしに全国各地をまわったりと、今まで以上に頑張りを見せます。
それが功を奏したのか、お店にはお客が戻り、講演会の視聴者も増え、
安定した生活を送りながら、「中華の達人」として現在まで、
現場で活躍していました。
しかし悲しいかな、そんな周富徳さんも、
4月8日御歳71歳にしてお亡くなりになりました。
心よりご冥福をお祈りします。
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